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生涯現役・・・

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先月母と銀ブラした時に母がとても気に入っていた和光のショウウィンドウ。中に一体だけ全身チョコレートのビーナスが。バレンタイン仕様と思われるが、微妙に置く角度を変えてあるので動画のスローモーション効果の様だと喜んでいた。
その母が突然生涯現役宣言。ボランティアで通っていたケアセンターからぜひナースとして働かないかと依頼を受けたのだと電話口で息を弾ませて打ち明けられた。
つい先週末娘が数学と決別したと思ったら、今度はその祖母が73歳で専業主婦との決別である。戸惑う娘・・。

私は父を幼くして亡くしたので、母が女手ひとつで育ててくれた。幸い母には看護士という職業があったので親子2人が生きていくのに不自由は無く、その後弟の父と再婚、離婚という紆余曲折を経て65歳の誕生日を迎える日まで40年間ナースとして勤め上げた。
その最後の出勤日の安堵感は忘れられない。やっと仕事と子育て、両方から解放されて自分自身のための時間が持てる母に心から『お疲れ様』を言った。

40年間、きっと凄いプレッシャーとストレスの毎日だったと思う。その現れが夕食時に母から聞かされる生々しい勤務の実況報告。特にオペ室に勤務していた期間は辛かった。母には日常風景となっている外科手術の現場や人の生死。『今日の執刀ドクターはメスを持つ手に切れ味が足りなかった』とか、『今日の縫合なら自分の裁縫の腕の方がマシ』とか、ドラマ『ER』さながらのオペシーンが毎食毎に目の前に広がるのである。
弟とは『姉貴から言って止めさせてよ』『長男なんだから貴方から言ってよ』とお互い押し付けあったがついに何も言えず、そのうち小児科に転属になった時は涙が出るほど嬉しかった。
母としては夕食時が唯一家族とのコミュニケーションの時間と気負い過ぎていたんだろう。
病院という人の生死がかかったギリギリの感情の行き交う場所ではそのドラマとストレスも計り知れないものがあるとその時感じた。それを家族に吐き出すことでリセットしているとも。
だから余計65歳の『お疲れ様』には深い感謝を込めたつもりだったのに・・・。

看護学校を卒業して勤務第1日目に列車事故があったそうだ。緊急外来に配属された母は医師数人と共に現場に急行。バラバラになった遺体を泣きながら拾い集めて思ったそうだ。『それでも、やらなきゃあ』と。私ならその場で『謹んで免許をお返しします』だっただろう。やはり初めから貴女は強かった。

生涯現役、私もできればそうありたい。それは職業を持っているとかいないとかとかではなくて、最後まで精神的に一人で立つことビーナス7体分ぐらいの強くて、しなやかな生き方だと思う。
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by lime2005 | 2006-03-08 08:10 | 日記
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