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白夜に紡ぐ・・・

染織家志村ふくみさんの最新刊エッセイ、『白夜に紡ぐ』を完読。

e0038778_912145.jpg娘が『500色の色鉛筆を買おうかな~』と呟く。
『名前は一本一本ついているの?』と聞き返す。
『一応ついているけれど深くつっこまないで!!』とはぐらかす娘。
なるほどね・・・。ハーレクイーン・ロマンス風??!(笑)』
まあそれは大目に見て、化学染料ってこんな鮮やかな色相関を展開出来るんだって、これはこれで感動しますが・・。

色とは何か、色は何処から来るのか、色は本当に色なのだろうか
この人は終生、植物染料にこだわって、『一色一生』望みの色を探し続けている人。


軒先に隣りあわせで干した、庭の緑の木々にすぅーと溶け込んで自然の空気を吸いこんでいるような植物染料で染めた『灰色』の糸と、その隣でひとりでそっぽを向いて浮き上がっている化学染料の糸を比べて見た時が植物染料との出会いだったと言う。

この感覚は凄く解るし、私も体験した事がある。
数年前に鎌倉のペレンデールで棚いっぱいに置かれた草木染のシルクの糸を目にした時、色の光の源泉が零れ溢れていた、あの色達なんだと。

エッセイはそんな自然界に求めた日本の色の求道者の色との出会い、当然手繰る色の歴史から万葉集や古今集、源氏物語の中に色と共に暮らしてきた日本人の感情や精神に触れる件が圧巻。

例えば『減紫』と『褪紅』という二つの色。紫や紅が退化した色だろうか。
紫はあせるのではなくて、ほろびる。紅はほろびるのではなくて、あせるのだそうだ。
実際に紫は根で染めるから、終極。滅びるしかなくて、紅は花弁で染めるから褪せて、散る。
退化した色にさえ名前があって、退化のしかたでまた呼び名が変わるなんて、どれだけ自然が身近にあったかを万葉詩人が教えてくれるくだり・・・5回は読み返しました(笑)

そして源氏物語と色、切っても切り離せない関係・・・
 『匂う』
 『うつろう』
 『なまめかし』
 『あはれ』
 といった言葉の色をひとつひとつ検証していく。夢のような時間が文中に流れる・・。

エッセイの中盤には17歳で出会って再び読み返す感動を綴った『ドストエフスキー・ノート』
タイトルの白夜はここから。後半は『折々の記』と題した交遊録。

読後、志村さんがずっと見つめてきた『色』って、見えている色の奥にある人の手ではどうする事も出来ない『神秘』そのものじゃないかと思えてくる、そんな一冊でした。
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by lime2005 | 2009-02-24 22:54 | 日記
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