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ジョナサン・ノットのマーラー5番・・・

ジョナサン・ノット指揮、バンベルグ交響楽団の演奏会を赤坂サントリーホールで聴く。

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****purogram****(1F-9列19)

プロコフィエフ  ヴァイオリン協奏曲第2番ト短調
 (ヴァイオリン   庄司沙矢香
encore  
レーガー プレリュードとフーガ第一楽章
 -------intermission----   
マーラー     交響曲第5番 
 -------encore------
ドヴォルザーク  交響曲第5番より 
        
一日が30時間あれば、と思うほど忙しかった5月後半だったが、一夜にしてその疲れが吹き飛ぶような名演奏、名指揮だった。
今回初コンサートとなったバンベルグ交響楽団はまだ歴史が60年そこそこの南ドイツの中世の面影を残した美しい町のオーケストラである。なんと人口約7万人のバンベルグの街に6千人ものバンベルグ響の定期会員がいるというのである。
日本の都市で7万人というと東京の清瀬市や稲城市が当てはまるが、その約1割が都響のファンという感覚だ。いかにクラシック音楽が生活に根づいているかを証明している。

そしてその大編成のオケからはあたたかい、地味豊饒な音が伝わってきた

まずはプロコフィエフですが、曲の持つ意表をついたアンバランスの面白さを庄司沙矢香さんが華奢な体で熱演、オケとの相性も良かった。
そして、期待のマーラーであるが、休憩を挟んで約75分の長い演奏時間を一瞬たりとも飽きさせない手腕にブラヴォー。実際アンコールが終って、楽団員のほとんどがそでに退いた後も拍手が収まらないので、ノット氏が再び現れてご挨拶というスタンディング・オベーションの一幕も。素晴らしいマーラーを聴かせてもらった。

ところで、長い間疑問に思っていた第4楽章アダージェットの謎が氷解した。ご存知『ベニスに死す』のテーマ曲としても有名な楽章であるが、マーラーらしい抒情美に溢れたこの美しい旋律が何故ヴィスコンティの映画では『死のテーマ』として使われているのかという疑問である。

一説によるとマーラーは当時の身重の妻アルマに対する甘く、優しい感情をこの楽章に込めたとされ、実際中間部では『暖かみをもって』と指定されて、ハープとヴァイオリンが愛をささやくように歌わせる。
ところがである、この旋律は只々停滞してそこに漂っているのである。独特の浮遊感を持って・・・。極端な言い方をすると一歩も前へ進まないのである。

この曲が流される映画のシーンを思い返してみた。映画のクライマックスの老作曲家(原作ではマーラーがモデルとされている)アッシェンバッハのみじめな死の場面。
その死は事故でも病気でも老衰でもなく、あたかもべニスの浜辺の風景の一部に埋没していくかのごとく、自然に必然的に現れる。つまり死はもっと大きな流れに身をゆだねて自己の不完全さを相殺する行為と言わんばかりで、そこにこの独特の甘美な音楽が重なっていくのである。

今回、パンフレットの曲目解説で、この独特の浮遊感、停滞感は音楽的には『拍節感の希薄』さからくるとあり、これを頽廃と死のイメージに結び付けた作曲家と映画監督に私は脱帽した。

最終楽章の金管、特にホルンの深い響きには心を取られ、勝利を告げるかのような壮大なフィナーレも忘れ難い。
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by lime2005 | 2006-05-30 06:30 | 音楽

おじゃったもんせ・・・

西本さんを応援するお仲間6人で渋谷の道玄坂にある南九州地方料理と焼酎の店『おじゃったもんせ』で飲み会。『おじゃったもんせ』はこの地方の方言で『ようこそいらっしゃいました』の意とか。

e0038778_725412.jpg狭い間口の暖簾をくぐると落ち着いた民芸風の店内。
西本さん指揮する、チャイコフスキーが書き残した未完成交響曲『ジーズニ』の世界初演(モスクワ)の成功祝いと今月末から始まる国内ツアーの無事を祈って乾杯!!!
皆さんとは1月のロシア料理新年会以来。いつものように情報交換、CDやコンサートの話題に加えてちょっと危ないお題も飛び出して、熟爛の美酒の宵となった。
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きちんと冷やされた切り子のピアグラスにつがれたビールを飲み干すと次々に酒と料理をチョイス。

さすが100種類の焼酎の銘揃えが自慢の店だけあって、品書きを読んでるだけで楽しい。一刻者、伊佐美、森伊蔵、おおぉ~これは芋焼酎のプレミアム物、先々月に宝酒造(株)の商品本部長からセミナーを受けたばかりなので聞き覚えのある銘。いにしえのいろは歌に麻生富士子、黒さそりに天使の誘惑と奔放なネーミングに脱帽~~つまりは何でもあり!??
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結局選んだのが初垂れ、爆弾ハナタレ、しょっぱな、・・・といきなり45°の本格焼酎。皆さんで少しずつ回し飲みしたのだが香りが口に広がった途端喉が焼け付くよう。実際歌舞伎の舞台では焼酎火を幽霊の登場する場で燃やすと聞くので、まさに燃料級。
すきっ腹には効きすぎるので即料理に突入。

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← ジャコ揚げのせ鹿児島豆腐

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芋焼酎と黒砂糖の隠し味の利いた自家製さつま揚げ                   →

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七輪の炭火で焼いたカマンベールの朴葉焼き
とろりと溶けたチーズと香ばしい甘味噌が美味
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                               ↑I LOVE 焼きそら豆
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←メインデイッシュ
宮崎地鶏と熊本直送の桜肉の盛り合わせ
  霜降り
  レバー
  赤身・・・。ほのかに青光りした桜肉独特の赤身とまったりとした甘味に美味絶句。
フト目が中央の白い切り身に、これはたてがみと教えられ一口。馬油のとろけるような食感に感涙。一気に焼酎が進む。


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和やかに宴が進み『花は半ば開くを看、酒は微かに酔うを飲む』の教え通り(誰の教えだったか?)ほろ酔い加減のいい感じなその時。目の前に出された一皿の悪夢。
遠慮なく拡大させてもらうと・・・・

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メニューに『亀の手』とあったものを面白半分にオーダーしたのが運のつき。
とりあえず目を閉じて、息を止め、肉食恐竜になったつもりで一齧り。
焼いてあるのは解るのだが、皮の下の噛み応えのあるザラザラとした食感。臭いは磯の生物そのもの。・・・・・・ま、マズイ。
実はフジツボの一種で海老や蟹の仲間、甲殻類に属する生物だそう。でも何処から見ても爬虫類の手にしか見えない。ぜひこれを最初に食べようと思った人の人生の軌跡を辿りたい!!!!
ほろ酔い気分は吹っ飛び一同深ーーーい後悔の念~~。
誰!不燃ゴミとか梅雨眠中のバルタン星人とか言ってる人。密かなファンはいるらしいよ。同席する時は、最低3人はおいて座るだろうけど。
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部屋にあった幻想的なほおずきランプの灯りで悪夢から覚醒し、たまごかけご飯冷汁で締めを。

つくづく感じたのは料理と酒のバランス。焼酒と馬刺し、これはベストカップル。
重いものは重く・・ってことね。さつま揚げとカマンベールもいい感じ。亀の手は完全重量オーバーだったけど(笑)

素敵なコーディネイトをしてくれたTさんと大仕事を目前にした西本さんに再びカンパイ! ご一緒していただいた皆様、お疲れ様でした。
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by lime2005 | 2006-05-19 07:00 | 音楽

先ず、慮りを以って・・・

全国的に母の日だった今日、花屋の店先は鮮やかなカーネーションの花束が溢れていた。
毎年、花でも持って訪ねたら喜んでくれるかなと思うに、お互い照れるのでこの日はかわして訪ねる事にしている。
母の日というと数年前になるが青木玉さんの素敵なエッセイと出会った。
短い文章なので全文を引用させていただくと・・・

     先ず、慮りを以って 

 明治生れの母は、何に対しても、先ず、慮(おもんばか)りを以って、と教えた。
 知識も経験も無い身には、何に対して、何を考えればいいか解らない。仕方がないから注意すべき点は、と聞いた。
 教えられることは、実に簡単な事のように思える。それなら別に気にすることは無かろうと軽く思った。ところが実際は、予想外に面倒な状況になり、判断に迷う事、しばしばであった。
 実際、母は、ひとつことにたいして、三通りぐらいの対応を考えていた。思い通りに事が運ばないとき、相手は何を考えているか、もう一歩、踏み込んで聞くか、さっと引き下がるか、別の手立てはどうであろうか。実に用心深く、一度で用が足りる材料を言葉だけでなく、雰囲気からも敏感に掴み取った。側で見るかぎり、にこやかな会話が流れて、その前にあれほど考えを詰めていたことなど忘れているかに見えた。
 先ず、慮りを以って、と教えられてから五十年になる。私の慮りは相変らず隙間だらけ、事後になって詰めの甘さを悔む事が多い。耳順をとうに過ぎて、なお百戦危うからず、というわけにゆかない。母はちゃんと教えてくれたのに。

                               青木 玉 『手持ちの時間』 講談社より



読み終わって『ああ、なんて素敵な母娘関係・・・』と軽い嫉妬さえ覚えた。
慮りを以つ・・・自己主張だけは何をさておいてもの時代には、もう死語に近い言葉かもしれない。
更に感動したのが 『側で見るかぎり、にこやかな会話が流れて、その前にあれほど考えを詰めていたことなど忘れているかのように見えた。』 の部分である。
慮りを以って、それを悟らせない。そんな芸当、人生を3回繰り返しても出来そうに無いと思いつつ、母の日には何故か思い出してしまう大好きなエッセイである。
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by lime2005 | 2006-05-14 22:14 | 日記

藤田嗣治展・・・

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連休の4日、初夏のような陽射しが照りつける中、東京国立近代美術館で開催している『藤田嗣治展』に行った。想像はしていたものの凄い人出で、チケットを購入に20分、入場制限で20分待ってやっと入る事が出来たが館内では比較的ゆっくりと鑑賞できた。

2006(平成18)年は藤田嗣治の生誕120年にあたり、これを記念してその全画業を紹介する展覧会の初開催ということ。以下、HPより抜粋・・・・・
藤田嗣治(レオナール・フジタ、1886-1968)は、東京美術学校を卒業後、フランスに渡り、モディリアニらとともにエコール・ド・パリの代表的画家として活躍しました。とりわけ、裸婦に代表される「乳白色の肌」の優美な美しさは、多くの人々の心をとらえました。その後中南米を旅行して日本に帰国し、二科展で活躍するとともに、第二次世界大戦中は戦争画も描きます。大戦が終わるとフランスに戻り、やがて帰化して、再び日本の土を踏むことはありませんでした。
こうした波乱に満ちた生涯ゆえに、これまで藤田は、ともすると、個々の作品の検証をおいて、数々の逸話に彩られた伝説の画家としてのみ語られてきた感があります。
この展覧会は、パリ時代から晩年にいたるまでの代表作約100点を、フランスやベルギーを加えた国内外から集めて展示します。一人の芸術家としての藤田嗣治の全貌を、日本初公開作品約20点を含めたこれらの作品を通して探ることで、伝説ではない、あらたな藤田像を見出そうとするものです。


・・・というコンセプトの企画展で画風が変わる時代ごとに3章に分けて展示してあった。
第1章パリへ渡る前後の模索時代~。「乳白色の肌」を持つ裸婦像で一躍パリ中に名をはせたエコール・ド・パリ時代。
第2章中南米をまわって日本へ帰国した時期の重量感のある作品と、日本を離れるきっかけとなった戦争画。
第3章戦後再びフランスへ渡った後の、子どもたちの像や宗教画の数々。

個人的にはエコール・ド・パリ時代の瑞々しい画風が好きで、『乳白色』という藤田独特の肌色を持った裸婦像には強く惹かれた。浮世絵的な平面構成と墨絵を思わせる繊細な線描のアウトライン、そこを和紙を思わせる柔らかな肌合いで埋められた裸婦像は想像以上の美しさで息を呑んだ。

そして今回初めて目にした戦争画、『アッツ島玉砕』の凄惨な死闘図の前に立つと戦争画と厭戦画を分ける基準はいったい何処にあるんだろうと考えさせられた。

戦後再びパリに渡り、洗礼を受け、帰化してからの作風にもう日本の影は無く、ふっつきれたような軽快さでユーモラスな動物画やパリの下町の子供達を思うままに描いていた。

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これは私が贔屓にしているパン屋、ペペルルの店内。連休が終って切らしたパンを買いに行ったらフランスパンの隣りにさり気無く飾ってあった絵葉書。
『パスカルさんも行かれたんだ~』
あどけない表情の少女とフランスパン。パン職人のパスカルさんにはぐっと胸に迫るものがあったに違いない。

たった100点の絵で辿る画家の生涯だったが、一冊の伝記を読み終えた後のような満足感に浸った展覧会だった。

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追>記念に購入した絵葉書を部屋に飾った

1923年『タピスリーの裸婦』
京都国立近代美術館蔵

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by lime2005 | 2006-05-10 14:25 | 寄り道

一寸法師の秘密・・・

タイトルの『一寸法師の秘密』に何だろうと思われた方、カテゴリーはお菓子です(笑)
たぶん脱線してあらぬ方向に行くと思いますが・・。
明日は端午の節句、しばらくお菓子作りをさぼっていたので柏餅を作った。
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何故端午の節句に柏餅や粽をいただくの!?という単純な疑問に答えてくれる本がバ-バラ寺岡著『おとぎ話に学ぶ和の活力食』である。

本によると約2300年前の中国、戦国時代の『楚(そ)』の政治家で詩人の『屈原(くつげん)』が国の行く末を案じ、泪羅(べきら)の淵に身を投げて死んだ命日5月5日に、楚の人々が米を詰めた竹筒を川に投げ込んで供養したのが始りとされているそうだ。
その後時代が下って竹筒→おうち(栴檀)の葉→笹と変化して現在の粽になったと言われているそう。そして江戸時代あたりからこの粽が変化した柏餅が食べられるようになったとか。
                       子供の日のルーツにそんな悲劇が隠されていたとは・・・。

ところでバーバラさんによると、一寸法師がお椀の船と箸の櫂で京を目指した旅立ちの日は『端午の節句』だったそうだ。一寸法師と言えばその出典は室町時代の空想短編小説『御伽草子』のはず、早速現代語訳を読み返すと、何処にも端午の節句に旅立ったとは書いていない!??!
おそらくバーバラさんは講談社刊の『新・講談社の絵本』シリーズの挿絵から判断して端午の節句の旅立ちを確信したようだ。確かに旅立ちの朝のシーンに菖蒲と蓬がひさしに指してあり、四十を過ぎているには若く美し過ぎる母が着ている着物の柄は柏の葉模様。お頭付きの鯛(室町だから鯉の説も・・)まで飾って旅立ちを祝福している。きっと粽は持たされたんでしょうね、極小サイズのを(笑)。立身出世を目指す旅立ちには相応しい日である。

旧暦の5月は現在の6月、梅雨を前にして食品の殺菌、防腐効果の強い菖蒲、よもぎ、笹、柏が多く使われたのだろうということ。まさに古代人の生活の知恵。柏は古来から葉を食器として使われたルーツがあり、新芽が出た後に新しい葉がでる事から子孫繁栄の祈りもこもっているとか。
おとぎ話に登場する日本の伝統食は日本人の活力を作ってきた。納得~。

ところで、昔話と言えばこんな思い出が・・。
子供達が小さかった頃、『かちかちやま』の話を読み聞かせ中、あまりにショッキングな展開に戸惑ってしまったのである。
爺の山仕事を妨害した狸がつかまって、狸汁にされるためにつるされるのですが、逆に婆をだまして殺しその婆汁を爺に食べさせてしまう狸。嘆き悲しむ爺に同情したうさぎが復習を・・という凄い展開。自分が子供時代に読んだかちかちやまは婆が狸に杵で殴られて倒れる・・・としか書いてなかったような。
この素晴らしくシリアスな昔話は世界の小澤のお兄様、グリム童話の研究家としても有名な小澤俊夫さんが編纂した『日本の昔話』全5巻・福音館書店だったのですが、その後子供と共にはまりました(笑)。赤羽末吉さんの暖かい挿絵もあじわいがある。

戦後、子供に残酷なシーンは良くないということで婉曲表現された昔話が沢山出版されたとか。たぶん私が読んだのもこれだったのか。
でも小沢さんによると殺されたという事実は語っても決してそのシーンを具体的に表現しないのが昔話のお約束なんだそう。これを『中身を抜いて語る』と専門的には言うらしい。

所詮人間は自然の中では動物の一種、自分の生命を維持するためには他の生命をもらって生き、時には命を差し出すことだってあり得た・・・とかちかちやまは語っているのか。そんな生命の真相をきちんと語ってきた昔話って偉大な古代人のメッセージ。それをありのまま、活き活きと伝えたいという小沢さんの心意気の伝わってくる童話集である。もちろん大人が読んでも面白い。

ねえ、一寸法師(昔ばなし)には凄い秘密が隠されているでしょう!!!!
今年はこんなことをつらつら思いながらありがたく柏餅をいただいてみる。
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by lime2005 | 2006-05-04 06:15 | お菓子