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聖なる夜に・・・

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2週間ぶりに休みが取れて、ゆっくり過ごしたイブ。
ブリテン作曲のカンティクル(聖歌集)とウイリアム・ブレイクの詩に作曲されたバリトンの為の歌曲集を聴いた。歌っているのはピーター・ピアーズ(T)とフィッシャー・ディスカウ。
その第3番《なおも雨は降る》は戦争の絶望的な状況下で流される血に、キリストの受難を準えていて宗教曲という体裁をとった反戦歌に聴こえた。
長い詩の冒頭・・

 なおも雨は降る......
 人の世のように暗く
 私たちの喪失のように黒く.....
 千九百と四十の釘のように
 盲いて
 十字架の上に。

  詩、イーデス・シットウェル(1940年の空襲・夜と暁)より

ブリテンの歌曲のほとんどは特定の歌手や演奏家を想定して作曲されたようだが、そのほとんどの曲が公私にわたって影響を受け続けた生涯のパートナー、ピーター・ピアーズの柔らかなリリック・テナーに捧げられた。この曲も同じく。

ブリテンの願いに反して
雨は今なお降り続いている・・
霧雨だったり、驟雨だったりしつつも止むことは無い。
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by lime2005 | 2006-12-24 23:08 |

ハダカカメガイの心温まる捕食シーン・・・

年末の忙しい時期だと言うのに子供達は期末試験で毎日昼にはご帰宅。
普段遊ばせている脳細胞をこの時期のみたっぷり使うせいか半端じゃない食欲。もっと普段からまんべんなく勉強は頼むわよ!!本当に母は忙しいんだから、、、

ふと食卓に置かれた使用済みの問題用紙。今日受けてきた中1の息子の生物の問題、、、
生物は国語の次に好きだった科目。おおぉ~なかなか歯ごたえのある問題揃い。
でも読み進める内に目が点に、、、、(・ ・)
(以下、下線はLime)

 次の文を読み、正しいものには○、誤りのものには×を解答欄に記せ。

 (1)清清しいサナダムシは宿主の表皮内に寄生する。
 (2)カイメンは体内に捕食者に対するささやかないやがらせとして骨片を持つ。
 (3)サンゴは主にエネルギー源を渦鞭毛藻に頼っている。そのため渦鞭毛藻の光合成による              合成産物を90%、ぼったくっている。 
 (4)心を鬼にして、カイメンをすりつぶして、海中に放置すると静かに死ぬ。
 
 次の絵を書こう

 (1)サナダムシの麗しい頭部を図示せよ。
 (2)ハダカカメガイ(クリオネ)の心温まる捕食シーンを図示せよ。
 (3)スルメイカの外套膜をずばっと開いて素敵な内臓がでたところを図示せよ。。



 etc・・・・と、限りなくこんな感じ。ぼったくるは止めて欲しいぞ、広辞苑にも未掲載だし。

叙情表現を駆使した理科の問題は初めて拝見したが、読み込むと生物の立場に立った表現である事に気付く。確かに心を鬼にしないと生体生物実験は出来ない。
もしかして、愛!?ですか??生物(>生徒)
これって、7年前ぐらいに赤瀬川原平氏の『新解さんの謎』を読んでまんまと辞書を買わされ時の感覚(自分でも何で買ってしまったのだろう~と軽く後悔)と酷似。使われて無いけどね!新明解国語辞書。
ちなみに息子に聞いてみた。『ハダカカメガイの心温まる捕食シーンってどんな?』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・約3分の実況・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだよ、わかった!?』僅かに体温上昇。

H先生!!
私ならスルメイカの外套膜をずばっと開いて、素敵な内臓がでたら、いち早くわた袋の先端を切ってボールにしごき取り、刻んだ胴体と塩を加えてじっくり熟成させて一杯やります。出来れば御一緒にいかがでしょう~。 
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by lime2005 | 2006-12-05 00:02 | 日記

マリス・ヤンソンスの指揮棒・・・

昨夜のサントリーホールには煌びやかなクリスマスツリーが飾られていて、今年ももうあと僅かなんだなあと実感。私にとっては今年を締めくくるコンサートになった。

指揮  マリス・ヤンソンス
演奏  ロイヤル・コンセルトヘボウ・管弦楽団
ピアノ  内田 光子

  ***purogram****

 モーツアルト ピアノ協奏曲第25番 
  
  --encore--

 シューベルト 即興曲  
     
  --intermission--

 マーラー 交響曲第1番 『巨人』   
         
 
コンセルトヘボウ管は5本の指に入る大好きなオーケストラで、所有CDも多い。
実演はこれで3度目だが、2度目は本拠地アムステルダムで燻し銀の如きの深い音色のマーラーだった。あれから15年、昨夜はオケのイメージを一新させられるような演奏会でヤンソンスの指揮棒に圧倒された。

先ずは前半、大好きなピアニスト内田光子のモーツアルト。
この人のピアノには深い思索と自由な魂が感じられて聴いているこちらの気分がとても高揚する。自由闊達な余り、時々おやっと思う事もあるのだけれど、この人にとって譜面通りに弾く事なんて大した意味をなしていないように感じる。
加えてヤンソンス指揮のオケの演奏が明るく、それが快活にピアノと合わさる瑞々しい協奏曲を聴かせてもらった。
CDでも内田さんのモーツアルトのピアノ協奏曲には定評があって、ジェフリー・テイト指揮、イギリス室内管弦楽団の21番なんてぜひぜひ聴いて欲しい。(いつだったかこの曲は西本さんも大好きな曲としてあげていたかな)

さて、後半のマーラー、、、滅多にこんな若々しく実直なマーラーが聴けるものではありません。生涯栄光と悲惨との背中合わせのさすらいの人生を送ったマーラーの最初の交響曲『巨人』。
ドイツ・ロマン派の小説家、ジャン・パウルの『巨人』に刺戟を受けて、自然とそれを謳歌する生命への思いを音楽に刻みこんだ若きマーラーのメッセージ(さすらう若人の歌)

ヤンソンスの指揮はその若き気概溢れるマーラー自身のような滾る情熱溢れるものでした。
友人が前日違うプログラムで聴いて『きこりのような、、、』とヤンソンスの指揮振りを比喩してみせ、本当にその通りだったなあ~と感動。
こんな男性と一生連れ添ったら、たった一度の人生に何の汚点も残さず全う出来そうなんて
、、、(笑)
色鮮やかで、若く、瑞々しい清潔な音の洪水でした。必ずしもそれは私の好みの音では無かったけれど十分感動に価する素晴らしいマーラーでした。
ヤンソンスの指揮棒は確実に名門オケの音を変えたようである。
会場は当然、スタンンディング・オベーションの嵐でした。(あぁ~手が痛かった)
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by lime2005 | 2006-12-04 14:51 | 音楽